ヘルスケア・ウェルビーイング

モバイルヘルス(mHealth)の科学的効果を示しヘルスケアビジネスの競争力を高める

主任研究員 高杉 友

昨今のビジネス創出では、テクノロジーベンチャー等を対象とした協業や出資を通じた短期マネタイズが強く求められがちである。しかし、ヘルスケア分野では、科学的効果検証を行い、効果があることを確認したうえで、その技術を活用する視点も重要ではないか。既に確立された研究方法を用いて客観的な臨床データ値の改善のような科学的な効果をビジネスの世界でも示せれば、競争力と持続性の高い価値提供に繋がるはずだ。

1.モバイルヘルス(mHealth)とは

モバイルヘルス(以下、mHealth)は「ヘルスアウトカム(成果)、ヘルスケアサービス、ヘルスリサーチ(科学をクオリティー・オブ・ライフ(QOL)の向上に活かす仕組みづくりに係る研究)を向上させるために携帯電話・スマートフォン・ワイヤレス機器を使うこと」と定義される1。ワイヤレス機器利用者は全世界で50億人以上いる2。2017年に利用可能なスマートフォンの健康関連アプリの数は30万件を超えている3。主なmHealthサービスは、疾患モニタリング、健康管理、ウエブによる診断・治療、医療機関予約通知などである2。mHealthの技術によって、患者は自宅において血圧などのモニタリングや自己管理(生活習慣・行動の改善)ができるようになる4。医療従事者のmHealth使用の利点は、質の高い健康教育を提供できること、リアルタイムのデータが分かること、患者自身のモニタリング機器と遠隔モニタリングシステムを繋ぐことでデータを分析でき、患者に対し迅速なフィードバック・警告ができることである4,5

2.モバイルヘルス(mHealth)を使用すると、どのような効果があるのか?

(出典)中村好一著「基礎から学ぶ楽しい疫学 第2版」 より SOMPO未来研究所作成

mHealthの有効性を測る指標として、臨床的な評価(検査結果等の臨床データ値の変化)、安全性、患者満足度、QOL、生活習慣・行動変容の影響、コスト・経済評価、倫理面、法律面、技術面の特性などが挙げられる4。mHealthの有効性を科学的に検証するためには、mHealthを使用したグループと使用していないグループを比較する厳格なランダム化比較試験 (以下、RCT: Randomised controlled trial)を実施する必要がある(図表1)。慢性疾患管理などmHealth使用の目的が類似した複数の研究(RCT)を検証して、mHealthの有効性に関する最終的な結論を述べた、科学的価値の高い論文の結果を以下に示す。本稿では疾患管理を目的としたmHealthに限定し、臨床データ値の変化有無などの臨床的な有効性に焦点を当てる。

(1)臨床的な有効性が認められた研究(臨床データ値の改善)

18歳以上の透析患者が透析管理のためにmHealthを使用した9つの研究では、臨床データ(透析中の体重増加、透析前後の血圧、血液検査結果等)が測定された。mHealth(スマートフォン、タブレット、ウエブ)使用者は使用していない人に比べ、一部の研究では臨床データ値の改善が確認された4

糖尿病管理のmHealth(メッセージ・SMS送付またはスマートフォンアプリ)使用者は、使用していない人に比べ、血糖コントロールに関する効果を認めた。特に年齢が若い人に比べ高い人、メッセージ・SMS送付に比べアプリ使用者、使用期間が6カ月未満に比べ6カ月以上の人で効果が認められた5。慢性疾患管理アプリを評価した他の研究では、糖尿病管理アプリでのみで有効性を認めた6

(2)臨床的な有効性が認められなかった研究(臨床データ値の変化なし)

慢性疾患管理アプリの臨床評価を示すエビデンスはかなり限定的であり、認知機能、肺疾患、腎疾患を対象としたmHealth(スマートフォンアプリ)のエビデンスは確認できなかった6。認知機能が低下している人を対象とした別の研究でも、mHealth(スマートフォンアプリ、タブレット、ウエブ等)による認知機能向上のエビデンスは確認できなかった1

3.今後、モバイルヘルス(mHealth)の開発で留意したい4つの視点

上述のように、臨床的な有効性を認めた(臨床データ値が改善した)研究は一部に限られており、多くの市販のスマートフォンアプリは臨床評価(臨床データ値の変化有無の確認)が十分に行われていない 6。また、現在、mHealthの使いやすさ、コンテンツの正確さなども含めて、エビデンスに基づいて有効性を保証する品質基準や規制も存在しない6。このような状況の中、ヘルスケアビジネスではどのようにmHealthの価値をとらえればよいのだろうか。本稿では、今後、mHealthの開発において、留意したい4つの視点を提示する。

(1)より質の高い研究方法(mHealth使用・不使用の2グループを比較するRCT等)

今後は、患者の臨床データ値改善などのヘルスアウトカム向上に効果のあるmHealthの有効性検証が求められていくであろう。しかし、mHealth使用・不使用の2グループを比較する研究(RCT)を実施せずに、mHealthを使用した効果を証明することはできない1。先行研究によると、研究参加者数を増やすこと、mHealthの使用期間を6カ月以上にすることなどが改善点として挙げられ、臨床評価及び公衆衛生の観点から有効性が認められるようなmHealthを開発することが重要とされている4,5。一方、従来のRCT手法を使ったmHealth使用の効果検証は難しいという報告もある。絶えず進化するテクノロジーに対応し、継続的な改善を行うのは容易ではない。mHealthの有効性の評価標準を作るには、新たな概念やRCTをしのぐ研究方法の確立も重要と思われる7

(2)安全性(技術面、個人情報・プライバシー、セキュリティ等)

mHealthの安全性には、技術面、個人情報・プライバシー、セキュリティ、データシェアリング、トレサビリティ、情報の透明性などヘルスケアサービスでは欠かせない点が多くあるが、どの点も十分に評価されていない4。例えば、Androidスマートフォンで利用可能な糖尿病関連アプリの8割には、プライバシーポリシー(個人情報及びプライバシー情報の取り扱い方針)が表示されていない。しかも、アプリのダウンロード時に、ユーザーは不注意にアプリ運営会社に個人情報を収集する許可を与えていることがある。しかし、米国ではアプリ運営会社がその情報を第三者に販売することを禁止する連邦法はない8。今後は患者の安全性及びアプリのリスクアセスメントを実施し、より透明性の高い情報、客観的な報告・評価を推進していく必要がある6

(3)ユーザーフレンドリーなスマートフォンアプリのデザイン

多くの研究が、スマートフォンアプリ開発中にエンドユーザー(患者等)の意見を考慮していない1。そのため、mHealthが提案するソリューションと患者のニーズとの間にミスマッチが起こっていると思われる1。スマートフォンアプリのデザインを使いやすくすることで、効果を最大限にできるという研究もあるので、ユーザーの意見を尊重することは重要である。mHealthの使い勝手をよくするためには、スクリーンのレイアウト、データ入力の方法、データのやり取りにかかる時間、エラー発生頻度、操作性、個人的なフィードバック、社会的なネットワーク機能の活用といったスマートフォンアプリのデザインを考慮することが必要である6

(4)政府・公的機関による評価システム

政府はmHealthの臨床的な有効性、安全性、使いやすさの評価を実施する意義を認識し、ガイドライン・規制を策定することが必要であろう。政府が示す基準を満たすmHealthであれば、医療従事者が患者に自信をもって推奨できる。このような評価システムの確立が求められている6。例えば、mHealthの臨床的な有効性を確認するために、以下のような視点が考えられる。

●そのアプリには臨床的・科学的妥当性がどの程度あるか?

●アプリの開発・検証には医療従事者や利用者がどのように関与しているか?

●アプリのコンテンツ、ルール、計算、アルゴリズム、リコメンデーション機能等が、医学的なエビデンスに基づく診療手順に関するガイドラインまたは先行研究の知見に基づく科学的価値の高い論文と、どの程度合致しているか?

●専門的知見を持つ第三者機関がそのアプリをどの程度評価しているか? など

4.むすび

自社や協業候補企業が提供するmHealthについて、既に確立された研究方法を用いて、mHealthの客観的な臨床データ値の改善のような科学的に検証された効果、安全性、ユーザーフレンドリーなデザイン、第三者機関による評価などの特色をより多く示すことができれば、企業は、これまで以上に高い競争力や持続性のある価値を提供できると考えられる。ヘルスケア関連事業を検討する際には、マネタイズだけではなく、科学的な視点(効果検証、エビデンスに基づく医療)に基づいた評価が重要になるであろう。

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