保険・金融・デジタルテクノロジー

企業の成長と戦略を支える企業法務サービスへ

上席研究員 海老﨑 美由紀

顧客企業の法務体制の変化、リーガルテックの発達、規制改正により、企業法務サービスを独占してきた法務の専門職、ロイヤーは変革を迫られている。保守的と言われてきた業界が動き出そうとしているようだ。法務業務コストの効率化という圧力を受ける一方で、違反行為の防止というガーディアンとしての役割に加え、企業の成長や戦略を支える経営のパートナーとしての役割が求められる。

1.独占状態の士業に環境変化

弁護士など法務サービスを提供する職業はサービスの質を確保するために資格制度が設けられ、誰でも就くことができるわけではない。法制や監督・倫理規範によりその職業的地位が維持されてきた。しかし今、企業法務サービスの業界が、専門家のギルドから顧客中心のマーケットへと変容を迫られている1。判断が複雑で個別性が高く自動化が難しかった法務分野も、IT技術の進展により標準化や効率化が求められる。グローバルな競争の激化により顧客である企業の事業が先進的になるにつれ、提供する法務サービスのあり方も変わっていくことが求められている。(≪図表1≫参照)

2.規制改正や業界改革の推進

各国において、専門的な資格制度を支えてきた規制や体制が変化する兆しがあり、企業法務サービスの変革を促している。2018年1月にシンガポールの最高裁判所長官の宣言により始まったFLIP(Future Law Innovation Programme)2は、シンガポール法曹協会、シンガポール経営大学、情報通信メディア開発庁が共同して行う取り組みであり、法務分野の改革の推進を目的としている。プロセス改革による効率化から始まり、ビジネスの課題解決に用いられる新たな手法、デザインシンキングを用いて最新のツール、スキル、マインドセットを習得し、顧客サービスに根差したイノベーションを起こそうとしている3。この取り組みによってシンガポールのリーガルマーケットを国際的に競争力の高いものにしようとしている4

英国や豪州では法務分野の資格を持たない主体による法律事務所の経営・所有を認めるABSs(Alternative Business Structures)が2007年に法制化された。これを受けてさまざまな業態から参入があり、伝統的法律事務所にとって脅威となっている5。大手会計事務所Big46は法律事務所を吸収し、企業に対して法務も含めた総合的なアドバイスを行う「グローバルに多様な専門的サービスを提供する企業(Global Multidisciplinary Professional Service Firms)」と呼ばれるようになってきた7。大手会計事務所の中にはリーガルテックの企業と組んで法務業務の技術的なイノベーションを進め、顧客企業自身の法務機能を最適化するサービスを提供しようというところもある8

3.企業法務サービスのコスト管理強化と変革

専門的な知識が重要視されてきた法務分野では、従来からのやり方が踏襲され、手作業による業務運営が中心であったが、企業の法務業務の内製化が進み9、業務プロセスの効率化や社内外で行われる法務業務のコスト管理が追及されるようになってきている。今や米国の企業の55%が時間単位でチャージされる従来型のリーガルフィーではなく、上限を設けたり、案件単位の定額方式や成功報酬を採用したりしており10、企業法務サービスに対する対価の構造が変わってきている。また、企業の四分の一が訴訟に関する調査を代替的法務サービス提供者(ALSP:Alternative Legal Service Provider)11などの法律事務所以外に委託している12。代替的法務サービス提供者とは、法律の専門職でない従事者も使い新たな技術や手法を用いて低価格の法務サービスを提供する業態であり、企業の法務部門からだけでなく法律事務所からも仕事を請け負う。欧米では法律事務所の弁護士を雇うコストが高騰するにつれて、より低価格とされるインハウスの弁護士の給与も上昇傾向にあり、さらなるコスト削減策としてALSPの利用が拡大している13。企業法務サービスが高コストであるがゆえに、そのコスト構造を変える圧力が生じ、新規参入者が現れ、業態の変化が起こりつつある。

企業法務サービスの改革の旗振り役として、巨大ITの法務部門の動向が見逃せない。Googleは世界有数の1,200~1,300人規模の法務部門14を持ち、いわゆる法務業務に限らず、社外法律事務所との連携、リーガルテックの導入、プロジェクトの「進め方」を事前に決めておくプロセスデザインによる効率化を進めている15。Googleの法務部門の責任者 Mary O’Carroll は法律家ではなく収益管理を得意とする経営コンサルタントである。2008年に彼女が就任した当時の法務部門は規模が200人程度で、デジタルな管理が行われておらずGoogleとは思えない組織であったようだが、同社の急速な発展に伴い大きく変化してきた16。現在では、デジタルツールによって法務照会をセルフサービスで行ったり、データを抽出し契約書チェックを行ったりして、従来手作業で行われてきた法務業務を効率化している。また社外法律事務所の指標などが一覧できるダッシュボードを作り、支払データから個別の法律事務所に支払った費用とその内容、携わった弁護士数、案件を担当した弁護士の職位などの解析を行っている。

(出典)米国Googleサイト

Googleは自身の自動化を進めるとともに提携先にも同様の自動化、効率化を求めている17

またMaryは、法律事務所ごとに異なる法務業務が破壊的な改革、ディスラプションを妨げているとし18、代表を務める非営利の専門職団体Corporate Legal Operations Consortium(CLOC)を通じ、業界全体の法務業務の標準化や企業を超えたコミュニケーションを推進している19

4.法務部門に経営のパートナーとして期待

(出典)従業員2,500人以上の企業に対するアンケート結果。経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(2018年4月)からSOMPO未来研究所作成。

ビジネスのグローバル化、イノベーションの加速、コンプライアンス強化の要請の高まりにより企業の競争環境が変化し、企業内の法務機能のあり方に変容が求められている20。米国の企業では人材として法律事務所での実務経験のある弁護士を採用する傾向が強く、法務部門を統括する責任者としてジェネラルカウンセル(GC:法務担当役員)やチーフリーガルオフィサー(CLO:最高法務責任者)を設置している(≪図表3≫参照)。GCは取締役会に参加したり、週に数回以上経営陣から意見・判断を求められたりするなど、経営陣との距離が近い21。このように企業の法務部門を強化し経営陣を支援する傾向は、米国以外の世界各国でも広くみられる22

日本でも企業の内部で法務を担当する専門家をインハウスロイヤーと呼び、法務専門家を多く置く企業がでてきている。インハウスロイヤーの責務は「企業が事業を行う上で法律上の問題や訴訟が起こらないようにリスクを分析し、よりよい形を提案すること。トラブルになるのを未然に防ぐ」23ことである。

特に新たなビジネス分野では社外に専門的な知識を持ち合わせた弁護士が少なく、自社の事情やビジネスをよく理解しているインハウスロイヤーの存在意義が大きい。次世代タクシー配車アプリ「MOV」を始めるなど活発な事業展開を図っているDeNAでは、法務専門役員を置き、約2,500人のグループ従業員数に対して法務部門には約20名の人材を配置している。同社は、取り扱うサービスがどんどん変わり、しかも新規分野の事業が多く、「ビジネスの価値や展開スピードを損ねることなくリスクも回避する」24ためには、ビジネス部門との円滑なコミュニケーションが欠かせない、としている。そのために、各事業部門の担当者と対面で信頼関係を構築する一方でチャットのグループを作り、気軽に相談できるルートを確保し、法務関連情報の共有を行っている25

インハウスロイヤーがさらに積極的に経営戦略に関わっている会社もある。ヤフー(Yahoo!Japan)は34人のインハウスロイヤーを含め26約100人が法務分野に携わっている27。政策提言やロビー活動などを行う部署に多く配属され、個人情報保護法改正に際して働きかけをしたり、国会の委員会に参加したり、パブリックコメントに積極的に意見を出したりと活発な活動を行っている28

5.おわりに

2018年に経済産業省が公表した報告書では、企業法務部門のあり方として「違反行為の防止(リスクの低減含む)、万一の場合の対処などにより、価値の毀損を防止する機能」29を持ったガーディアンとしての役割に止まらず、企業の成長や戦略を支える重要なアドバイザーとして、「現行のルールや解釈を分析し、適切に(再)解釈することで当該ルール・解釈が予定していない領域において、事業が踏み込める領域を広げたり、そもそもルール自体を新たに構築・変更する機能」30を持ったパートナーとしての役割が求められているとしている。このように世界的に企業の法務業務のあり方が時代の要請に従い変わってきている。企業法務サービスを提供する形を変え効率化を進め、コスト削減とデリバリーの時間短縮を図ろうとしている。同時に求められるサービスの質も変わってきている。

  • Mark A. Cohen, “There Is Nothing “Alternative” About New Model Providers – Especially the Big Four”, Forbes, Dec. 3, 2018.
  • The Straits Times, “FLIP the innovation switch for legal sector”, Jan. 10, 2018.
  • Future Law Innovation Programmeウェブサイト,“FLIP 2020 At a Glance”
    https://www.flip.org.sg/about
    (visited May 11, 2020)
  • fintechnews.sg, “The Singapore Academy of Law Launches Future Law Innovation Programme”, Jan. 11, 2018.
  • RACONTEUR, “Reaping the benefits of an alternative business structure”, Nov. 26, 2015.
  • Deloitte, Ernst & Young, KPMG, PricewaterhouseCoopers の4大会計事務所は世界の主要な証券取引所に上場している。
  • David Wilkins, “The Future of the Legal Profession in the Global Age of More for Less – And Why it Matters for Litigation Financing”, Harvard Law and Technology Society Litigation Finance Symposium, Apr. 2, 2019.
  • Financial Times, “Big Four set signs on legal services, Large accountancy firms shift from trying to compete head-on with Big Law, Oct. 23, 2019.
  • CLOC, “2019 State of the Industry Survey, Results and Analysis”, 2019.
  • Altman Weil, Inc.,“2017 Chief Legal Officer Survey”, An Altman Weil Flash Survey, 2017.
  • 主要なプロバイダーであるAxiomは世界各国で2,000人以上の従業員を雇い入れてサービスを提供している。
    Axiomウェブサイト
    https://www.axiomlaw.com/
    (visited May 13, 2020)
    この他英国の法律事務所Allen & OveryやElevate、UnitedLexなどの名前が挙げられる(ReportLinker, “Alternative Legal Service Providers Market in US – Industry Outlook and Forecast 2020-2025”, Feb. 2020.)。
  • 前脚注10に同じ。
  • 前脚注11の文献。
  • Legal Network, “Mary O’Carroll: The Legal Operations Role and Its Growing importance”, Law Technology now, Mar. 3, 2020.
  • Mike Walsh, “How Google Runs Their Legal Team, 5 things| learned about data-driven, automated legal department of the future”, FIELD NOTES FROM THE FUTURE, Aug. 25, 2015.
  • 前脚注14に同じ。
  • 前脚注15に同じ。
  • 同上。
  • CLOCは世界各国の2000人を超えるメンバー、300を超える法律事務所の役員とそのスタッフを組織している。
    CLOCウェブサイト
    https://cloc.org/about-us/#meet-the-board
    (visited May 13, 2020)
  • 経済産業省の研究会報告「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(2018年4月)では、ガーディアンとしての役割(法的リスク管理の観点から、経営や他部門の意思決定に関与して、事業や業務執行の内容に変更を加え、場合によっては、意思決定を中止・延期させるなどによって、会社の権利や財産、評判などを守る機能)とともに、パートナーとしての役割(経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする機能)を求めている。
  • 前脚注10に同じ。
  • KPMGが32カ国で行った国際的な調査ではGCの38%が取締役会や経営会議に参加しているとし(KPMG, “Beyond the Law, KPMG’s global study of how General Counsel are turning risk to advantage”, 2012.)、Association of Corporate Counsel(ACC)が48カ国で行った調査ではCLOの70~80%が直接CEOにレポートしている(Association of Corporate Counsel, “2019 ACC Chief Legal Officers Survey”, 2019.)。
  • 朝日新聞「東京ではたらく、インハウスローヤー(弁護士):松井さやかさん(36歳)」(2017年11月24日)。
  • BUSINESS LAWYERS、法務部「【連載】企業法務の地平線、第22回事業への情熱をもとに担当者をアサイン-DeNA、法務部門内の「透明性」を確保し、多様な人材が活躍する組織をつくる」(2019年2月20日)。
  • 同上。
  • 日本組織内弁護士協会「企業内弁護士を多く抱える企業上位20社(2001年~2019年)」(2019年6月現在)。
  • 関西弁護士連合会「関弁連がゆく、ヤフー株式会社(後編)」(2017年4月17日)
  • 同上。
  • 経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(2018年4月)。
  • 同上。

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る