ブロックチェーンの本来の形態は、管理者に頼らずに信頼を担保する非中央集権型のシステムであり、パブリック型がそれに該当する。
しかし、企業では、参加者を限定することで合意形成を早めるコンソーシアム型またはプライベート型のブロックチェーンを用いるケースが大半である。ケンブリッジ大学がブロックチェーンの活用に取り組む企業を対象に行った調査では、非中央集権型のプロジェクトはわずか3%であった4。
仮想通貨ビットコインの基盤技術として登場したブロックチェーンは、その技術の汎用性・有用性から金融、貿易、公共、エネルギーなど幅広い分野で活用が期待されている。ブロックチェーンは2015年頃から実証実験が活発になり、これまでに多くの企業がさまざまなユースケースに取り組んできた。しかし、実用化に至ったケースは少なく多くの取組は頓挫したか、または実証実験の段階に留まっている。
2019年10月に発表されたガートナーのレポートでは、「ブロックチェーンは幻滅期の谷底へ向かっている」という見解が示されている1。ガートナーのいう「幻滅期」とは、実験や実装の成果が上がらず、テクノロジーや市場への関心が薄れたフェーズを指す。これは、技術に対する過度な期待や幻想が消え、人々が正気を取り戻し、ブロックチェーンが何の役に立つのかを改めて考え直す時期にきたことを示している2。
ブロックチェーンは、特定の管理者が全ての情報を保有・管理するのではなく、全ての参加者がお互いに同じ台帳を共有し、管理する仕組みである。全員が同じ台帳を共有することで相互検証を可能とし、極めて高い改ざん耐性を実現している。参加者の誰が見ても同じように見えていることが担保されている情報共有技術であり、分散型台帳技術(DLT : Distributed Ledger Technology)とも呼ばれている3。ブロックチェーンには、価値の移転を記録するだけでなく、所定の条件を満たすと自動的に契約や取引が執行される機能・プログラム(=スマート・コントラクト)を組み込むことが可能である。これにより通貨・送金だけでなく、例えばマッチングから約定・決済までを自動で行う電力取引への応用やシェアリングサービスへの応用など、非金融分野での活用の可能性が広がった。
現在のところ、実用化の最大の障壁はスケーラビリティ(利用者や処理量の増大にシステムが対応できる能力・度合い)である。ブロックチェーンの技術的特質は「特定の管理者に頼らず、参加者間の合意によって情報の信頼性を担保する」ことだが、これを実現するために非常に手間のかかる仕組み(コンセンサス・アルゴリズム)を設けている(ただし、後述するように管理者が存在する形態もある)。そのため、ブロックチェーンは従来のシステムに比べてトランザクションの処理速度が遅いという弱点がある。加えてスマートコントラクトを実装すると、ビットコインのような通貨の取引(価値の移転)だけのブロックチェーンよりもはるかに大きな処理能力を必要とする。トランザクションとスマートコントラクトの実行件数が増加したときに実用に耐える処理性能がないことが、ビジネス活用にあたってネックとなっている。スケーラビリティ問題は、パブリック型ブロックチェーン(後記3.(1)参照)においてより顕著であり、その性能向上には数年を要すると言われている。
幻滅期を迎えたブロックチェーンだが、一方で「BaaS(Blockchain as a Service)」の進展によってコンソーシアム型ブロックチェーンを開発する敷居は下がってきている。BaaSとは、クラウド上でブロックチェーンの開発・実行環境を提供するサービスのことをいい、2018年頃からMicrosoft、IBM、SAPといった大手ITベンダーが相次いで提供を開始した。
ブロックチェーンはビッドコインのように誰もが参加できる「パブリック型」、承認されたノードだけでネットワークを構成する「コンソーシアム型」および「プライベート型」の3形態に分類される(図表1)。
ブロックチェーンの本来の形態は、管理者に頼らずに信頼を担保する非中央集権型のシステムであり、パブリック型がそれに該当する。
しかし、企業では、参加者を限定することで合意形成を早めるコンソーシアム型またはプライベート型のブロックチェーンを用いるケースが大半である。ケンブリッジ大学がブロックチェーンの活用に取り組む企業を対象に行った調査では、非中央集権型のプロジェクトはわずか3%であった4。
大手ITベンダーがコンソーシアム型を想定したBaaSに力を入れていることから、企業間連携によるコンソーシアム型ブロックチェーンの事例が今後も増えていくものと予想される。
BaaSを活用した事例としてスターバックスコーヒー(以下、スターバックス)の取組を紹介する。
スターバックスは、マイクロソフトが提供するBaaS(サービス名:Azure Blockchain Service)を利用してコーヒー豆のトレーサビリティシステムを構築したと発表した5。スターバックスは、フェアトレードの実現のために、コーヒー豆のサプライチェーンの透明性の向上に取り組んできた。フェアトレードとは、立場の弱い途上国の生産者を配慮した取引のことをいう6。
図表2はブロックチェーンを活用したフェアトレードの追跡のイメージである。コーヒー豆のサプライチェーンは「小規模農家 > 輸送業者 > 製造工場 > 配送業者 > 販売店 > 顧客」の順に移っていく。このとき各々の取引情報(日時、出荷したコーヒー豆の種類・量など)を、IoTデバイスを使ってコーヒー豆の袋に付与したコードを読み取ることで逐次ブロックチェーンに記録していく。この記録は消費者から可視化されており、消費者がスマートフォンのカメラでコーヒー豆の袋をスキャンするとコーヒー豆の来歴が確認でき、フェアトレードであるかどうかを調べられるようになっている。
ブロックチェーンを使ったトレーサビリティシステムとしては、ウォルマートが生鮮食品の来歴管理に利用しているIBMの「Food Trust」が以前から有名である。Food Trustでは、ブロックチェーンの構築から運用までIBMがサービスとして提供しているのに対して、スターバックスの事例では、自社で構築・運用ができるという違いがある。
サプライチェーンのトレーサビリティへの応用は、ブロックチェーンの活用領域として有望視されている。スターバックスの事例は、対象とする生産物によっては、透明性の確保と同時にフェアトレードという社会課題の解決にもつながるという好例である。
企業間において、より本格的なブロックチェーンの活用を目指しているのが自動車業界である。同業界は2018年5月、モビリティ産業におけるブロックチェーンの標準化と普及促進を目指す「Mobility Open Blockchain Initiative(MOBI)」というコンソーシアムを設立した。MOBIには、BMW、GM、フォード、ホンダといった大手自動車メーカーを始め、ボッシュ、デンソーなどの部品メーカー、あいおいニッセイ同和損保(米国法人)などが参画しており、2020年6月現在、参加企業・団体は80を超えている7。
2019年10月、MOBIは最初の標準規格である車両ID(VID: Vehicle ID)を用いた実証実験の開始を発表した。自動車メーカーの垣根を越えて車両IDおよびそれに関連する情報がブロックチェーンを介して共有されると、さまざまなモビリティサービスの相互運用が実現する可能性がある(図表3)。
例えば、駐車場や高速道路の料金所における支払いはVIDに紐付けられたブロックチェーン上のウォレットからトークン(暗号資産)で支払われ、車両が検出したイベントをトリガーとするスマートコントラクトによって自動的に決済される。また、カーシェアリングにおける利用ベース保険の契約と本人確認がその場で可能となったり、ブロックチェーンに記録された走行距離や修理履歴は改ざんできないので中古車取引の信頼性が向上したりすることなどが考えられる。
MOBIのその他の主な取組としては「MOBIGrand Challenge」の開催がある。これはモビリティ分野におけるブロックチェーンを活用した事業・企画の提案を募るプログラムで、2020年6月までに2回開催されている8。
来たるコネクトテッドカー時代における多様なモビリティサービスの実現には、メーカーやサービス事業者の垣根を超えたデータの相互運用が重要となる。ブロックチェーンはその基盤となるテクノロジーである。MOBIの情報はあまり公表されていないが、企業の垣根を超えた巨大ブロックチェーンコンソーシアムを形成して新サービス創出を目指すその取組は大いに注目される。
ブロックチェーンは幻滅期にあるものの、既存ビジネスの改革や新ビジネスを創出しうるテクノロジーとして期待されていることは変わらない。特に本稿でも取り上げたサプライチェーンへの応用は、ブロックチェーンの活用領域として非常に有望視されている。サプライチェーンの可視化による在庫やロスの削減、問題発生時の迅速なトレースなどサプライチェーンに関する企業の関心は高く、今後さらに活用事例が増えていくと予想される。また、これまでの企業のコンソーシアム型ブロックチェーンは、台帳の共有によるプロセスの共有やスマートコントラクトによる手続きの自動化など既存ビジネスの合理化を目指すものが中心だったが、今後は自動車業界のMOBIのように、データを広く共有することで新たなビジネスの創出を目指す業界コンソーシアムの組成が進んでいくと考えられる。
独立行政法人情報処理推進機構「非金融分野におけるブロックチェーンの活用動向調査報告書」(2019年12月)
野村総合研究所「ITロードマップ2020年版」(2020年3月)
小林弘人「After GAFA」(2020年2月)
PDF:1MB
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