また、保険会社と修理業者等との間で、支払保険金をめぐる訴訟(以下、AOBを譲渡された修理業者等が原告となる訴訟を「AOB訴訟」という)が年々増加している《図表1》。フロリダ州にはOne-way Attorney Fee Provisionという法制度があり、原告が保険会社に勝訴した場合、弁護士費用も実費で回収することができる2。この法制度がAOBを譲渡された修理業者等と弁護士に訴訟のインセンティブを与えている。
フロリダ州の保険市場は危機的状況を脱することができるか
1.フロリダ州で何が起きているのか
米国では被保険者が自身の保険金請求権を修理業者等の第三者に譲渡するAssignment of Benefits(以下、「AOB」という)が広く認められている。AOBにおいて被保険者は、保険会社の同意なく保険金請求権を修理業者等に譲渡できる。修理業者等が保険金を請求する時点では修理が完了しており、保険会社が損害の状況を確認することが難しく、修理内容や費用が過剰な場合や保険事故とは関係のない修理が含まれることが生じている1。修理業者等が被保険者に対して早期の修理を条件にAOBを求めることも少なくない。
保険会社がホームオーナーズ保険のAOB訴訟に要する費用は、全米平均では発生損害に対して2%程度だが、フロリダ州では5.0%(2017年)と2倍以上となっており、最大では13.4%(2013年)に達した年もある。フロリダ州のホームオーナーズ保険の保険料総額は約92億ドル(2017年)3と全米の約1割を占める規模であり、過去2006年から2017年までの間にフロリダ州のホームオーナーズ保険にかかる訴訟費用が全米平均程度であれば、約16億ドルの訴訟費用が抑制されたといわれている4。
訴訟件数の増加は、保険会社の財務健全性に影響を与え、保険会社の格付けが下がり、最終的に吸収合併されるケースも発生している5。また、増加する保険金と訴訟費用は、保険会社が当局に申請する保険料率に織り込まれ、結果的にフロリダ州の住宅所有者が負担する保険料が上昇している6。
2.市場環境改善に向けた法改正
このような状況下において、ホームオーナーズ保険の保険金請求の適正化と濫訴を抑制するために法改正が2013年から検討され、2019年7月に施行された13。改正法で定められた主な項目は次のとおり。
(1)AOB
➢修理業者は、AOB手続から3営業日後または修理開始日のいずれか早い日までに、AOBの写しならびに作業明細およびその概算単価を保険会社に提出しなければならない。
➢被保険者が損害の拡大を防止するために緊急的にAOBを実施する場合は、修理業者等に支払われる保険金は3,000ドルまたは保険金額の1%のいずれか大きい額を限度とする。
➢修理業者等が提訴する場合には、保険契約に基づき宣誓供述書(Examination under oath)を提出しなければならない。また、損害の鑑定やADRによる紛争解決に協力しなければならない。
➢修理業者等は、提訴する10営業日前までに、修理費用請求書または修理見積書と訴訟前の和解請求を明記した訴訟通知書を保険会社へ送付しなければならない。これに対して、保険会社は10営業日以内に和解または損害の鑑定やADRによる紛争解決等について応答しなければならない。
(2)One-way Attorney Fee Provision
➢ 判決額(弁護士費用を除く)と保険会社の提示額の差額に応じて弁護士費用の負担者と金額が決まるスキームが設けられ14、判決内容によっては保険会社も弁護士費用を回収することができることとなった。
AOBに関するルールが整備されたことにより、保険会社が損害の状況、修理内容・金額の妥当性について事前に確認可能となり、また、修理業者等に対して損害調査や紛争解決に関する協力義務が課せられた。One-way Attorney Fee Provisionに関する法改正により保険会社が負担する原告の訴訟費用の負担が軽減され、濫訴の抑制が期待される。
3.最後に
フロリダ州で保険会社に対する保険金請求訴訟の増加要因となったAOBやOne-way Attorney Fee Provisionは、本来は消費者の保護や利便性向上をはかるものであった。しかし、これらが修理業者や弁護士によって濫用・悪用された結果、訴訟件数と支払保険金が増加し、ホームオーナーズ保険の保険料が引き上げられ、保険契約者の負担が増加する結果となった。法改正は様々なステークホルダーの利害関係が交錯し、2013年から検討され6年後にようやく実現した。
フロリダ州ではホームオーナーズ保険の他に、自動車保険でも同様の問題が発生しており15、保険金請求の適正化をめぐる取組はまだ進行中である。保険金請求の適正化、ひいては保険契約者が負担する保険料の適正化に向けた取組みの動向が注目される。
- INSURANCE INFORMATION INSTITUTE, “Florida’s assignment of benefits crisis. Runaway litigation is spreading, and consumers are paying the price”, Mar 2019.
- Florida Justice Reform Institute,” Restoring Balance in Insurance Litigation. Curving Abuses of Assignment of Benefits and Reaffirming Insured’s Unique Right to Unilateral Attorney’s Fees”, Oct 2015. 判決額$4,000 に対して弁護士費用が$67,000になったケースもある。
- INSURANCE INFORMATION INSTOTUTE, “2019 Insurance Fact Book”, Feb 28 2019.
- 前掲注 1
- HCI グループのホームページ, ” HCI Group Insurance Subsidiary Enters into Preliminary Agreement to Acquire Policies from Anchor Property & Casualty Insurance Company”, Jan 13, 2020. フロリダ州をベースとする Anchor Property & Casualty と Anchor Specialty の格付けが下がり、最終的に同じくフロリダ州をベースとする HCI グループ傘下の Choice Property & Casualty に吸収された。
- The Professional Staff of the Committee on Rules, “BILL ANALYSIS AND FISCAL IMPACT STATEMENT”, May 28, 2019. 当該文書によると、2017 年には約 91%の保険会社が保険料率引上げを当局へ申請した。
- 前掲注 1
- The Florida Senate, “Interim Project Report 2006-102”, Nov 2005 フロリダ州では 1893年から法令化されている。保険訴訟において、フロリダ州だけでなく、ノースカロライナ州やアイダホ州でも同様な法令が存在する。
- Section 627.428 F.S.
- The Florida Senate, “BILL OF ANALYSIS AND FISCAL IMPACT STATEMENT”, Feb 7 2018
- Johnson v. Omega Ins. Co., 200 So. 3d 1207, 1215 (Fla. 1972)
- 前掲注 2
- House Bill No. 7065
- 前掲注 13 判決額(Judgement obtained)と保険会社の提示額(Pre-suit Settlement offer)の差額により訴訟費用を回収できる主体が決まる。差額が Disputed Amount(修理業者の請求額と保険会社の提示額の差額)の25%未満の場合、保険会社が弁護士費用を回収できる。差額が Disputed Amount の25以上50%未満の場合、原告被告共に弁護士費用を回収できない。差額が50%以上の場合、Assignee(AOB を譲渡された第三者)が訴訟費用を回収できる。
- CBS Miami, “Windshield Repairs Fuel Insurance Battle In Florida”, Nov 12 2019
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