企画・公共政策

マーケットが注目を始めた国家の非財務情報

主任研究員 菊武 省造

国連が2015年に掲げたSDGsでは環境や人権などに配慮した経済発展が求められており、投資家は企業に行動変容を迫っている。足元では国債市場においても、国家のSDGsに関連した取り組みを織り込み始めている。国家の経済状況に加えて、自然や人的資本をも包含して評価できる指標が国家の資金調達にも影響を与える可能性があり、今後注目されるだろう。

1.はじめに

「豊かさ」を計測する代表的な指標はGDP(Gross Domestic Product)である。GDPは一国の生産規模を表しており、物質的な豊かさを計測しているともいえる。20世紀においては自動車や家電の普及によって、生活の質が劇的に向上した。そのため、「幸福」や「豊かさ」を一層享受するために、経済発展が何よりも重要視されていた。しかし、近年、先進国では所得(GDP1)の上昇が必ずしも生活の豊かさの向上につながっていないことが指摘され、社会や環境を加味した評価枠組みが求められるようになった2

国連では2015年にSDGs(Sustainable Development Goals)という、先進国・新興国関係なく全世界共通で取り組むべき目標を掲げた3。SDGsでは、経済発展のために環境や人権を犠牲にするのではなく、いかに全てをバランスよく達成するかを重視している。

本稿では、国家の経済状況国家の社会や環境への取り組みが国債市場に影響を与えつつあるということを説明し、国家の評価指標の1つとして国連のIWI(Inclusive Wealth Index)を紹介する。

2.国家の非財務情報に注目が集まる

国連が掲げたSDGsの潮流を背景に、企業を対象にしたESG投資4はここ数年で急激に増加した。従来、投資家は企業の経営状態を表す財務諸表(財務情報)をもとに投資を行ってきたが、定量化が難しいESG取り組みなどの「非財務情報(財務諸表以外の情報)」も重視するようになっている。投資手法が変化した背景にあるのは、環境や人権を軽視する企業は中長期的に消費者やパートナー企業から忌避され、市場からの信用を失ってしまうという考え方である。こうした考えが広まり、2018年にはESG投資残高が約31兆ドル(約3,300兆円)に達した。これは世界の運用資産の約3分の1を占めるとも言われ5、企業に行動の変容を促している。

一方で、これまで国家の環境や人的資本に対する評価はほとんど金融市場に織り込まれていないと考えられていた。しかし、2019年に運用会社のBlueBay Asset Managementが発表した報告書によると、環境・社会・ガバナンスに優れた国ほど国債の利回り(スプレッド)が低くなるという調査結果が出ている6。従来、国債利回りは主に国の経済状況(ファンダメンタルズ)を反映する「経済の温度計」と言われてきたが、もはや経済だけを反映したものでなくなり始めている。今後は国債市場でも、環境や人権などに対する国家の取り組みが評価され始めると考えられ、国家は政策や行動の変容を迫られるだろう。

3.国連が発表しているIWI

国家が環境や人権などの課題にどの程度取り組んでいるかを示す指標は多数開発されている7。その中で代表的なものとして、国連が2012年に発表したIWIがある。

GDPは財やサービスの生産を足し合わせた指標であり、物質的な豊かさを測定することができる。その一方で、GDPは環境などの要素を考慮していないため、経済成長を最重要視した結果、副作用として公害や人権侵害といった問題が顕在化した。

(出所)SOMPO未来研究所作成

GDPでは測定できない社会や環境の要素を捕捉するべく、IWIは人工資本(住宅、工場、機械、道路など)、人的資本(教育、健康など)、自然資本(森林、漁業資源、石油・ガスなど)に対象に広げ、そのストック量を計測している。例えば、環境を破壊して、経済発展を遂げるといったような開発については、自然資本の減耗分を測定できるようになる。

図表1はIWIをイメージ化したものである。域内にある各資本を有効に活用することで、豊かさが資本の運用益として毎年生産されていると考える。このフローは現役世代のために消費されるものと、将来世代のために投資されるものに分けられる。将来世代への投資によって翌年の資本は増加する。

注意すべきは、生産の過程で資本が減耗する点であり、資本の減耗が投資による増加を上回れば来年度の資本は減少する。これは、将来世代の豊かさが減少していることを表し、持続可能ではない。IWIは、各資本を合計したストック量であるので、水準について異なる地域間で比較するのは妥当ではない。豊かさの規模が地域によって違うためであり、経済の持続可能性検証のためにはIWIの伸び率を見ることで、資本量が減っていないかに注目すべきである。さらに一人当たりのIWIを使用することで、人口増減も加味した社会の持続可能性が検証できる。

(出典)UNEP “Inclusive Wealth Report2014”より SOMPO未来研究所作成

図表2は少し古いが、主要国の1990年から2010年までの期間における、一人当たりのIWIの伸び率と、その内訳として各資本の寄与度をプロットしたものである。

日本や米国、欧州の先進国はほとんど一人当たりの各資本を減らすことなく、IWIを増加させており、持続可能な成長をしているとみてよい。

代表的な新興国である中国やインドは人工資本と人的資本の増加が著しいが、自然資本は減少していることがわかる。自然資本を費消しながらも、インフラ整備による人工資本増加や、教育による人的資本の増加を進めてきたと推察される。一人当たりのIWIは増加しているので、当該期間においては持続可能であるという見方もできるが、自然資本は有限であり、今後は環境を毀損しない成長が求められる。

他方、ナイジェリアやサウジアラビアのような産油国は一人あたりIWIが低下している。石油採掘によって自然資本が減少しているが、対価として得られた富を人工資本や人的資本に再投資できていないことが読み取れる。

4.おわりに

世界銀行は各国のESGの取り組み状況を横並びで比較できるポータルサイトを2019年10月に立ち上げた8。世界最大の機関投資家であるGPIF(年金積立管理運用独立行政法人)も本データポータルが、投資判断を高め、質の向上につながると述べる9など、国家のSDGsに関連した取り組みへの注目度は高まっている。

投資家が、環境や人的資本といった情報をより重視するようになれば、環境や人権保護に積極的に取り組み、開示を進める政府が有利な資金調達を実現できるようになるだろう。すでに、IWIの水準や伸び率にリンクした国債発行の研究も始まっており10、国連のInclusive Wealth Reportにも紹介されている11。また、日本では環境省の事業の一貫として、2018年度からIWIに関連する政策研究が始まっている12。SDGsへの関心の高まりから、今まではあまり注目されていなかったIWIのような指標が国家の財政に影響を与える可能性があり、注目を集めそうだ。

  • 一国の経済において生産、所得、支出は等しくなる原則を「三面等価の原則」という。
  • 馬奈木俊介「豊かさの価値評価 新国富指標の構築」(中央経済新聞社、2017)
  • UN, “About the Sustainable Development Goals” (visited Jan. 27, 2020)
    https://www.un.org/sustainabledevelopment/sustainable-development-goals/
  • ESG投資とは投資家が投資を行う際に、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの要素を投資対象の決定に取り込む投資方法。
  • Global Sustainable Investment Alliance, “Global Sustainable Investment Review 2018 ”, Mar. 28, 2019.
  • BlueBay Asset Management「ソブリン債投資におけるESGファクターの役割」(2019)
  • SDSNとベルテルスマン財団が毎年刊行している「SDGsインデックス&ダッシュボード」や、後述する世界銀行の「ソブリンESGデータポータル」等がある。
  • The World Bank, “Sovereign Environmental, Social, and Governance Data” (visited Jan. 27, 2020)
    http://datatopics.worldbank.org/esg/
  • The World Bank, “World Bank Launches Sovereign ESG Data Portal” (visited Jan. 27, 2020)
    https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2019/10/29/world-bank-launches-sovereign-esg-data-portal
  • Rintaro Yamaguchi & Shunsuke Managi, “New Financing for Sustainable Development: The Case for NNP- or Inclusive Wealth-Linked Bonds”, Journal of Environment and Development, Jan. 9, 2017.
  • UNEP, “Inclusive Wealth Report 2018”, Jan. 21, 2020.
  • 環境省「環境・経済・社会の持続可能性の総合的な評価及び豊かさの評価に関する研究」(平成30年度 環境経済の政策研究)

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