(2)日本の好事例~長野県佐久市~
日本版CCRCの好事例として、健康づくりで名高い長野県佐久市にあるサービス付高齢者向け住宅「ホシノマチ団地」を紹介したい。移住者が安心して暮らせるように既存の公営住宅を活用し、キッチン、洗面所、トイレ等水回りのリノベーションとバリアフリー化を行っている《図表1》。「ホシノマチ団地」では、《図表2》の通り高齢者の希望に沿った地域づくりが行われている。
「CCRC」とは、「Continuing Care Retirement Community」の頭文字を取ったもので、1970年代に米国で増え始めた高齢者の地域共同体(コミュニティ)のことである。高齢者が、健康なうちにある地域に移り住み、活動的に暮らし、医療や介護が必要になった時も住み替えることなく継続してケアが受けられることを目的とする。老人ホームのような「家」に移り住むのではなく、「地域」に移り住むという考え方に立脚している。具体的には、加齢と共に変化する高齢者ニーズに応じて、住居、ショッピングセンター等の生活サービス、ゴルフやフィットネスクラブといった娯楽施設、介護、看護、医療サービスなどを総合的に提供していく複合型施設サービスのシステムのことをいう。
これをモデルに始まったのが日本版CCRCである。「生涯活躍のまち」として政府の有識者会議が2015年に構想をまとめ、その年のまち・ひと・しごと創生基本方針において少子高齢化対策の一環として地方創生の政策課題の一つとして掲げられた。「東京圏をはじめとする地域の中高年齢者が、希望に応じ地方に移り住み、多世代の地域住民と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、必要に応じて医療・介護を受けることができるような地域づくりを目指す。」とされる1。50代男性の約半数、女性の約3割が地方への移住に関心があるという調査結果2などから、高齢者の地方移住の希望を叶える施策の一つに位置付けられている。米国が主な対象を富裕層としているのに対し、日本版は主に高齢者夫婦が標準的な年金額で支払うことができる程度の利用料を想定している点が特徴である。
地域活性化という目的に加えて高齢者が移住することで、将来大都市圏で懸念される医療・介護の供給不足を解消するといった狙いもある。
幅広い期待を担って始まった日本版CCRCだが、全都道府県および市区町村1,788団体を対象とした調査では「(日本版CCRCを)推進したい意向がある」と回答した自治体数は2017年度の245団体3から2018年度は216団体へ減少している4。本稿では、高齢者の意識や好事例から「人を呼び込む地域づくり」として日本版CCRCに求められるものを改めて考えてみたい。
高齢者をはじめとした移住希望者は、移住を希望するうえで、収入の確保、住まい、日常生活のしやすさ(コミュニティの存在等)、医療・福祉体制を重要視するという調査結果がある5。
この調査から、人を呼び込む地域づくりには、第一に公的年金を補完し得る就労や、低廉な入居コストや家賃といった「当面の生活を維持できる環境」が、第二に生活圏としてのコミュニティや、病気・ケガ・介護という「移住後の安定や不安へ備えるインフラ」が、まずは求められていると言えよう。
米国型の余暇を過ごすレジャー施設、学びや世代間交流のための提携大学等をそろえた複合型施設を新たに作っただけでは、移住は望み難いことがわかる。
日本版CCRCの好事例として、健康づくりで名高い長野県佐久市にあるサービス付高齢者向け住宅「ホシノマチ団地」を紹介したい。移住者が安心して暮らせるように既存の公営住宅を活用し、キッチン、洗面所、トイレ等水回りのリノベーションとバリアフリー化を行っている《図表1》。「ホシノマチ団地」では、《図表2》の通り高齢者の希望に沿った地域づくりが行われている。
(出典)ホシノマチ団地ホームページより当研究所作成
ホシノマチ団地では、「移住後の安定や、不安への備え」を地域住民との関係づくりを通じて解消するアプローチが取られている。これに関連して、首都圏に住む60歳から74歳の男女1,236人に、「退職後の居場所」について自宅以外で定期的に行く場所を質問したアンケート調査が興味深い。結果は、男女ともに1位は「図書館」であるが、定期的に行く場所は「特になし」という回答が2位となっている6。なお、男性に限ると2位は、「公園」となっている。
この結果から得られる示唆は2つある。ひとつは、今の大都市圏には高齢者が自宅近くに他人と交流するような地域コミュニティが少ないことだ。もうひとつは、図書館や公園が上位にあることから、中高年齢者が求めるコミュニティは徒歩圏内または公共交通機関で往来可能な範囲内にあることが理想的ということだ7。
これらの示唆を踏まえると、中高年齢者を元気なうちに呼び込むような魅力ある地域づくりには、地域に存在する既存の資源を活用することで実現できるともいえる。
たとえば、医療・福祉に関して、日本版CCRCと連携し、これを支えることが求められている仕組みに地域包括ケアシステムがある。地域包括ケアシステムは医療・介護・予防・生活支援の一体提供を目指す仕組みだが、エリアとしては、おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏域(具体的には中学校区)を単位8として設定されている。日常生活圏域、言わば「顔が見える関係」が重視されている地域包括ケアシステムは、大都市圏に少ないであろう徒歩圏内のコミュニティを提供し得る。
こうした強みを持つ地域包括ケアシステムに、空き家や公営住宅を活用した低廉な入居コストの住まいや、公的年金を補完し得る就労を支援する機能を追加していく地域づくりが、中高年齢者を呼び込むには効果的な可能性がある。
各地で取り組みが進む日本版CCRCは、大規模な施設開発と移住政策のセットと考えられることが多い。しかし、その本質は移住先の地域での雇用を作るための産業育成と、移り住むための住居を確保し、生活を支えるコミュニティの形成と医療・福祉の取組みを並行して進める地域づくりにあると考えられる。
本稿では、その一つの例として、既存ストックを活用しつつ移住者がその地域のコミュニティに円滑に溶け込むことができ、適切な医療・介護サービスを受けることができる仕組みを持った地域づくりを紹介した。
各地域で日本版CCRCをはじめとした地方創生に向けた動きがある。地域づくりに携わる産官学民の幅広い担い手が、日本版CCRCを「ハード(ハコモノ)づくり」と捉えるのではなく、「地域づくり」と捉えることが、日本版CCRCという政策を地方創生につなげるための重要な視点のひとつであると思われる。
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