ソーシャル・インパクト・ボンドで考える社会的課題解決 ~日本では市民を巻き込んで地域課題の解決へ~
1.SIBの特徴と批判
(1)SIBの特徴
2010年に組成された世界初のSIB1は、英国のピーターバラ刑務所の刑余者の再犯率を下げる事業に用いられた。以来、社会保障が行き届いていない児童の支援や、ホームレスが恒久的な住宅を見つける手助けなど、社会的課題の中でも難しいとされる問題に民間の活力で対処するために用いられてきた2。通常の行政サービスの民間委託とは、民間から資金調達し、成果に応じて対価を支払う点で異なる。(≪図表1≫参照)
SIBの特徴のひとつは、アウトカム(成果)ベースで評価するということである。民間から社会的事業への寄付や投資を活発に行う一方で、「「どのような対象者に対して、何人ぐらいに、どんなサービスを提供したか」といった“アウトプット(結果)”」3よりも「「事業実施によって、どのような変化が社会に起きたのか」という“アウトカム(成果)”を重視する潮流が国際的に高まりつつ」4ある。
アウトカムベースとすることで、サービス提供者は実施するサービスに制約を受けず、柔軟な方法を用いて目指すアウトカムを実現すればよい。アウトカムを達成するために、事後的な救済措置よりも効果の高い予防措置へのシフトを促す5。行政は成果が上がったときにだけ報酬を支払えばよく、コスト削減につながる。アウトカム志向で集まった関係者が協働することにより、より効果的な活動が行える。さらに、アウトカムがステークホルダー間で共有され、モニタリングされることにより事業の透明性が増すという効果があるとされる6。
(出典)日本財団社会的投資推進室「新たな官民連携の仕組み、ソーシャル・インパクト・ボンドについて」(2017年2月24日)より当研究所作成。
(2)事例を重ねて批判も
SIBを含めたインパクトボンド7の事例は2019年9月時点で世界30カ国166件4億ドルとなり、応用範囲が拡大する一方で批判する声もあがっている。主な批判としては、①アウトカムがリターンの決定につながるが、その指標の選択や計測手法が難しい、専門的知識・技術とともに多くの時間と努力を要する、②アウトカムの実現までは長期間を要し、途中経過で不確定な要素を残しながらリターンを確定することになる、③投資リターンを重視した結果、第一のステークホルダーであるべきサービスユーザーが軽視される、④計測結果に有利な対象者を選ぶようなゆがんだインセンティブを与えてしまう、⑤契約形態が複雑でトランザクションコストが高くつくが、総じて小規模な事業が多く、小さな社会事業組織には負担が大きい、というようなことが挙げられる8。投資目的が強調され、アウトカムの測定を厳密に行おうとすると無理が生じるケースもあるように思われる。
2.日本への導入
(1)日本の行政の考え方
海外では英米中心にSIBの展開が促進されている。では、日本の行政はどのように考えているのだろうか。
まず、日本の行政には「人口減少・高齢化が進展する中、複雑化・多様化する社会的課題に対応するためには、従来の行政中心の取組だけでは限界があり、人材、資金といった民間の資源を社会的課題の解決に呼び込む必要がある」10という課題認識がある。一方、これまで社会的事業にはNPO法人が多くあたってきたが、「寄附者やボランティア、助成団体、金融機関、行政といったステークホルダーが求めている情報が適切に開示されていないケースが多く見られる」11という反省があり、民間の資源を呼び込むためには、さまざまなステークホルダーに対して、社会的課題解決のための事業がどのような変化や便益をもたらしたかということをアウトカムとして評価し明示することが重要であるとの報告がある12。
しかしながら、アウトカムによる評価を特徴とするSIBには、1.(2)に挙げたようにその特徴から生じる課題もある。そこで経済産業省の2018年3月の資料13では、SIB導入に際し成果指標について、①「達成したい成果との関係性が明確である」、②「短・中期的に出現する指標である」、③「客観的データを用いている」、④「ゆがんだインセンティブを生まない」ことをポイントとして挙げている。
(2)日本におけるSIB
『未来投資戦略2017』には「ソーシャル・インパクト・ボンドなど、社会的インパクト投資の取組みを保健福祉分野で広げる」14と盛り込まれている。ヘルスケアの分野では、医療介護費の増大が大きな課題となっており、予防的介入によって効果的なサービス提供と行政コストの削減にSIBが有効であるとされている15。≪図表2≫に日本のヘルスケア分野のSIB事例をまとめたが、規模も小さく、社会的投資推進財団(SIIF)と銀行が中心となり、試験的に実施されているような状況である。その中で神戸市のプロジェクトは、2018年10月に中間成果評価報告書16を公表し成果連動支払いを行い、今のところ成功をみせている。
2019年に入ってからはSIBの手法に少し変化がみられる。岡山市の「おかやまケンコー大作戦」は、市内の企業11社がサービスを提供し、健康ポイントを貯め賞品をゲットする運動へ地域住民の参加を募るものである17。特定の疾病にフォーカスするわけではなく、受診率などの厳密なアウトカムの計測はみられない。またヘルスケア分野以外にも広がりをみせ、東近江市では、市民事業を支援する『東近江三方よし基金』18を立ち上げている(≪図表3≫参照)。このプロジェクトでは、行政のコストではなく補助金事業を置き換えており、行政の補助だけでは市民に認知されなかったところを、市民を少額の投資家として巻き込むことによって地域課題の解決を「自分事」として意識するよう仕向けている19。また、事業の効果測定をアンケート結果の集計で行うなど緩やかなものにしている20。このような取り組みはアウトカム評価を簡略化しているので厳密な意味でSIBと言えないかもしれないが、小規模な事業に過大な負荷がかかるのを回避しながら成果志向の運営を行おうとしている。日本のSIBでは投資リターン目的を和らげ、銀行やクラウドファンディングによる個人投資家の募集を中心に置いた地元志向の活動に向かっているようである。
(出典)ケイスリーウェブサイト
(出典)SIIF「東近江におけるソーシャル・インパクト・ボンドを活用したコミュニティビジネススタートアップ支援事業」
3.まとめ
SIBではアウトカムベースで目標を設定し、それを共有し、その達成度合いをモニタリングする。民間によって予防措置の新たな手法が導入され、社会的課題解決に向けて事業を進めるために民間投資家を含めてさまざまなステークホルダーが関与する。プロジェクトを遂行し成功させるためには、専門的知識・技術とともに多くの時間と努力を要する。この新たな手法は決して易しくないが、ここから学べることも多い。
日本でSIBをリードしてきた事業者ケイスリーは、「SIBは、成果志向の取り組みを後押しするためのツールのひとつに過ぎない。重要なことは、行政、事業者、資金提供者等の多様な関係者がより高い成果を目指して共に協力しながら考えること」21としている。SIBを用いた社会的課題への取り組みが、何をどのようにすれば社会的課題解決に役立つか、より多くのさまざまな立場の人が当事者意識をもって考える機会となることを期待したい。
- ソーシャル・インパクト・ボンドは、実際のところ債券(ボンド)ではないとされる。成果が上がらなければ投資者は元本を失う可能性があるので、どちらかというと株式に近いと考えられる。(OECD, “Social Impact Bonds: State of play & lessons learnt”, 2016.)
- Government Outcomes Lab, “Impact bonds”
https://golab.bsg.ox.ac.uk/the-basics/impact-bonds/
(visited Sep. 13, 2019) - Social Value Japan、「Impact Assessment、社会的インパクト評価とは」
http://socialvaluejp.org/impactassessment/
(visited Sep. 13, 2019) - 同上。
- 前脚注 2 に同じ。
- Social Impact Investment Taskforce, “Impact investment: The invisible heart of markets, Harnessing the power of entrepreneurship, innovation and capital for public good”, Sep. 15, 2014.
- Brookings研究所では、SIBとDIB(Development Impact Bonds:開発途上国におけるインパクトボンド)を合算して集計している。(Brookings, “Social and development impact bonds by the numbers, September 2019 snapshot”, Sep. 1, 2019.
- Michael Roy, Neil McHugh, and Stephen Sinclair, “A critical reflection on Social Impact Bonds”, Stanford Social Innovation Review, May 1, 2018.
- Holly Ervick-Knote, Canadian Housing and Renewal Association, “Social Impact Measurement: Making the Case for Housing”, The CHARA Congress Sessions Series 2015, Oct. 2015.
- 内閣府 NPOホームページ「社会的インパクト評価に関する調査研究」(2016年5月)
https://www.npo-homepage.go.jp/toukei/sonota-chousa/social-impact-hyouka-chousa-h27
(visited Sep. 13, 2019) - 共助社会づくり懇談会、信頼性の向上に関するWG、「信頼性の向上に向けて」(平成25年12月24日)
- 内閣府、共助社会づくり懇談会、社会的インパクト評価検討ワーキング・グループ「社会的インパクト評価の推進に向けて-社会的課題解決に向けた社会的インパクト評価の基本概念と今後の対応策について-」(2016年3月)
- 経済産業省、平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業「地方公共団体向けヘルスケア領域におけるソーシャルインパクトボンド導入ノウハウ集」(2018年3月)
- 首相官邸、未来投資会議「未来投資戦略―Society5.0の実現に向けた改革―」(2017年6月)
- 伊藤健、落合千華、幸地正樹「日本版ヘルスケアソーシャル・インパクト・ボンドの基本的な考え方」、平成27年度健康寿命延伸産業創出推進事業(2015年)
- 未来工学研究所「神戸市、平成29年度「未受診もしくは治療中断中の糖尿病等罹患者に対する糖尿病性腎症等重症化予防のための受診勧奨・保健指導事業委託業務」中間成果評価報告書」(2018年10月24日)
- おかやまケンコー大作戦ウェブサイト
https://kenkooo.jp/
(visited Sep. 13, 2019) - 「三方よしの精神は、現代風に言い換えれば、自分だけがいい、今が良ければいいのではなく、世間にもよい影響を与える長期的な視野に立った利益の還元を説いたもの。そういう意味で、東近江市版SIBは、まちづくり団体(売り手)と市民(買い手)が共に働き、それを市が支援し、ひいては東近江市(世間)が元気になるという意味で三方よしの精神に近い」と東近江三方よし基金専務理事はインタビューに答えている。(滋賀報知新聞、「「三方よし」息づく東近江 社会的課題解決へ」(2019年1月1日))
- SIIF「東近江におけるソーシャル・インパクト・ボンドを活用したコミュニティビジネススタートアップ支援事業」
http://www.siif.or.jp/
(visited Sep. 13, 2019) - 新・公民連携最前線「まちづくりにもソーシャル・インパクト・ボンドを、東近江市や西条市らが報告、国土交通省「まちづくり×SIB」シンポジウムリポート(2)」日経BP総研(2019年4月19日)
- ケイスリーウェブサイト「「SIBに対する批判的考察」を考察する」(2018年5月25日)
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